2013年9月22日日曜日

コンラート・ツーゼ「計算する宇宙」その17


 さて,Conclusion を除けば本書最終章である 4 章。残す所 5, 6, 7 節です。 今回はその中でもやや長めの 5 節 "About Determination and Causality" の解読報告です。
 Determination,Causality という若干抽象的な言葉がタイトルとなっています。Determination の方は,オートマトンのある状態において次状態が決まること表し,Causality は,そのような場合における前状態と次状態の因果関係を示しているようです。今回はそのようなオートマトンの状態遷移についてクローズアップしたお話です。




 Determination と Causality について議論する前提として,システムは閉じたものである必要があるとのことです。そのため本書の調査対象である宇宙も,ここでは閉じたシステムと見なして扱います。

  いくつかの状態を持ち,定められたルールに基づき状態が次々と移り変わっていく というモデルであるオートマトン。これらの「状態」や「状態遷移」を物理現象に当てはめてしまっていいのか,という点に議論があるようです。
「原子における安定な状態から他の状態への直接の遷移は因果関係と調和するのが困難である,という主張が物理学者の中にあった。とくに Arthur March が代表に挙げられる。March は因果関係を,ある閉じたシステムから次のシステムへの遷移には絶え間なく続くプロセスが必要である,と解釈している。」 

 これに対してツーゼは,
「この解釈は,オートマトン理論的な物理プロセスの考察にほとんど抵抗することができない。」 
とばっさり切り捨てています。

「オートマトン理論における連続的遷移は,原子の個々の状態間の連続的遷移とは区別されるべきである。なぜならば我々は実験的にそのような原子の遷移を分析することができず,これに関する理論は全て推測の域を出ないものだからである。」
としています。そもそも原子の遷移については確立しているものが無いため,オートマトン理論に結びつけようが無いといったところでしょうか。
 そしてオートマトン理論を用いる目標を改めて提示しなおしています。
「オートマトン理論的な意味において自然な目標は,これらの遷移を個々に追うことを可能にし,関連するプロセスにおける光子の排出や吸収の説明を許可するようなモデルを作ることである。」
排出や吸収は,おそらくオートマトンにおける出力と入力に相当するのだと思います。



 これ以降,議論のテーマとなるのは,オートマトンの時間における対称性です。
「決定が両方の時間方向において有効かどうかは重要な問題である。すなわち,後の状態が明確に前の状態の関数となっているか,またその逆は成り立つかは重要な問い掛けである。」
これまでの章で見てきたように,オートマトンは基本的に現在の状態から次の状態が導かれます。なのでこの逆を考えるという発想はとても面白いと思いました。
「古典物理学は,この時間における対称性を理想的に満たす。」
「統計力学は,確率という新たな概念を導入し,エントロピーの増加において時間に対する対称性からのずれを発見した。」

ということで,物理現象においてはモデルによって対称だったり対称じゃなかったりするようです。

 それではコンピュターの場合はどうなのか。と考えると,統計力学と同じで正の方向( = 未来)に対してのみ決定が行われ,対称じゃないそうです。なぜかというと,
「一般的に,計算過程は非可逆的である。このことは,全ての高等な演算が基本としている基本的な演算が,不可逆であることからも見て取れる。例えば a & b → c は不可逆である。」
確かにこの演算において,a と b が定まれば c は 一意に定まります。一方でc = 0 のとき,(a, b) = (0, 1), (1, 0), (0, 0) の3通りが考えられるため非対称となります。

 このように述べている一方で次のような興味深い言及もしています。
「電卓は,事実上両方向に決定される計算機の例の一つである。なぜならば,我々が状態表のみを考慮し個々のプロセスを分析しない限りにおいて,電卓はある時間の方向に計算を行い,また逆方向に計算を行う。」
「Fig.68 b は,電卓のような双方向に決定されるオートマトンに相当するだろう。」

Fig.68 b に示されているのはループ状のオートマトンです。状態遷移を繰り返すうちに,スタート時点の状態に戻ってくるオートマトンです。
 ただ,なぜコンピュターが対称で電卓が非対称なのかいまいちピンときません。
 電卓が扱う四則演算についても,例えば a*b =c で c =12 のとき,3*4 も 2*6 も考えられるため,対称では無いような気がします。
 この点についてもう少しだけ述べられているので見てみましょう。
「それにもかかわらず,違いは残っている。正の時間方向において,次状態と前状態を結びつけるルールは,明確にアルゴリズムにて与えられる。負の時間方向(= 過去)においては,確かに一つの関係性は存在するが,それは暗黙のうちに与えられているのみである。すなわち,さらなる知識なしには直接計算はできない。この違いは, Fig.68 のダイアグラムや Fig.4 の状態表からは明確には読み取れない。
ということで,負の方向に決定されることは正の方向とは違い,明示的なものではないようです。
 ということは,もしかしたらクリアボタンで計算内容をクリアすることで初期状態に戻れる などのメタ的な要素も込みで負の方向にも決定できると言っているのかもしれませんね。
 

 そういえば計算の可逆・不可逆性について,ファインマン計算機工学においてエネルギーの観点から述べられていました。
 マクスウェルの悪魔,情報におけるエントロピーと熱力学におけるエントロピーなど,魅惑的なキーワードが登場する面白い議論でした。興味のある方は是非一読されることをオススメします。
  ただしエネルギーの話は登場しないため,本節の内容とは若干文脈が異なる議論だと思われます。


  時間軸における次状態決定の話が続きます。今度はディジタル粒子についてです。
「ディジタル粒子が外部の影響とは独立に運動している限りにおいては,単一の状態遷移が生じる。
しかし2つの粒子の状態遷移を考慮するやいなや,状況は変わってくる。このケースでは,3 章の Fig.42 〜 46 が非可逆プロセスに言及している。」
とのことですが若干腑に落ちない点も。
  Fig. 41 〜 43 の粒子の移動が非可逆というのは分かります。しかしFig.44 と 45 のように,同じ場所に留まって,振動しながらポケットを形成する場合も非可逆に含まれるのは違和感があります。
  いまいち私が本節で用いられている「可逆・非可逆」の意味を捉えきれてない感じがしますね...。

  さて,若干唐突に粒子の分割の話が登場します。ある状態において粒子が分割すると,次状態が2つになりますが,
その2つの状態は同時に取るため,一意であるといえるのではないかと思います。
  そのため,分割についての議論は,正の方向における決定の特殊なケースに言及しているという位置づけだと思います。
「1つの粒子を2つの粒子に分割するような誘因の類は存在しない。粒子が分割し,かつ有用なディジタル粒子のモデルが作れるかどうかという問いにこたえるのは難しい。この問題は,物理学者が基本的な粒子や原子核の崩壊において直面したものと同じである。」
「現在の理論物理学の状態は,このようなプロセスに確率法則を与えられるだけというものである。予め決定された演算プロセスに従い,動いている要素を排除するプロセスにおいて,確率法則に従うと,2つの解決手段しか存在しない。
(a) ディジタルモデルは,ある状態に到達したらプロセスを取り消すようなタイマーを含むように構成される。
(b) 環境の影響を考慮に入れる。例えばディジタル粒子が移動する場の影響など。異なるフェーズを通じて移動する中で,粒子が環境の影響(周波数など)により分割されるようなフェーズを通過する。」

「動いている要素」がいまいち分かりませんが,確率法則に基づくと,粒子が分割しやすいフェーズが存在すると考えると,粒子が分割するモデルを構成できるようです。

 では実際にこのモデルを使用できるのか。
「物理理論の現状は,これらのディジタルモデルの可能性から結論を導き出すには至らない。
それにもかかわらず,高温状態において放射性の特定な依存関係を決定することができる。そしてこれは環境からの影響を決定的に受けるという過程に対応している。」
ということで,少なくとも特殊な極限状態においては,モデルの妥当性を主張することができそうです。

 続いて現代物理理論についての言及。
「決定は正の時間方向にのみ行われるという仮定は,物理法則が確率法則へと解体されたことによって少しも影響を受けない。同様に,エントロピーの増加は必ずしもこの問題に関連しない。」
この記述から,やはり本節は演算に要するエネルギーと可逆性という文脈ではないようです。

 また古典物理学についての言及も。
「すでに言及したとおり,決定の有効性,特に両方の時間方向における有効性は,個々のプロセスについての完全な精度を要求する。このようなモデルをコンピューターによりシミュレートすることは事実上不可能である。なぜならば無限個の場所が必要となるからである。」
 やむを得ず有限のストレージを用いてシミュレートすると,必然的に誤差が発生します。
「非常に多数の気体分子の衝突において,誤差の発生源は同様に大きい。そしてこれらの誤差は直ちに理論的なプロセスからのずれを導く。このことは,逆の時間方向により良く因果関係のルールを近似すると,提案したモデルにおいてより多くの演算を行わなければならないことを意味する。
そしてこれは,両方の時間方向において因果関係の機能を持つ宇宙のシステムのシミュレーションが,解決不能な問題に属すことを意味する。」

ということで,誤差の発生によって影響を受けるのは主に逆の時間方向のようです。
 正方向の移動法則はルールとして明確に与えられているからだと思われます。

いつもながらのシミュレーションの実行困難性の問題に行き当たったわけですが,ここでツーゼは踏み込んだ問いかけをしています。
「計算によるシミュレーションが行えないような自然のモデルを仮定することは正当なのか?この観点から,しばしば述べられている両方向の時間方向における決定についての主張は根本的に,再調査される必要があるように見える。」
この問に対する答えが非常に気になるところですが,本節はここで終わっています。
 次節以降の記述から回答が読み取れることを期待します。


 さて,オートマトン理論において当たり前な振る舞いとして定められている状態遷移。物理現象と突き合わせるとどういう意味をもつのか,非常に面白い考察が展開されていました。
 本書も残す所もうほんの少し。最後まで解読に励みます!

 

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