2013年10月7日月曜日
コンラート・ツーゼ「計算する宇宙」その20(終)
盛りだくさんだった本書もいよいよラストの 5 章 "Conclusions"。全体の総括と,ツーゼの展望が述べられています。本章中に「計算する宇宙」とは何かが分かりやすくまとめられた表がありましたので,手っ取り早く本書の内容を把握したい人は参照されることをお薦めします。
底本はHector Zenilさんのサイトにある,
http://www.mathrix.org/zenil/
こちらのpdfファイルです。
http://www.mathrix.org/zenil/ZuseCalculatingSpace-GermanZenil.pdf
「たとえこれらの観察が新たな,容易な解法をもたらさないとしても,これらの方法が価値ある新たな視点を開いたことは示されたのである。
さらなる用途が整数や離散状態などで作られたときに,物理現象の観察における情報理論とオートマトン理論の合体はより重要になるだろう。」
というツーゼの言葉で Conclusions が始まります。情報理論とオートマトン理論を物理学へ導入することが本書の大きな目標であったことを,ここで再確認できます。
そして次に,従来の物理理論である古典物理学,量子力学と,情報理論とオートマトン理論を用いた計算する宇宙の比較を表にまとめています。表の中で特に目を引く項目を抜粋します。
・「古典物理学:アナログ,量子力学:ハイブリッド,計算する宇宙:ディジタル」
意外なことに量子力学はディジタルではなくハイブリッドになっています。これに関しては2 章最終節で述べられていました。
量子力学において,ある瞬間における値,あるいはある座標における値は離散値です。しかし,時間や座標の刻みは離散的であることを要請されてはいません。そのため横軸アナログ,縦軸ディジタルのハイブリッドモデルとなります。
これと比較すると計算する宇宙の立ち位置もはっきりしますね。計算する宇宙は時間や座標の刻みも離散的です。
・「古典物理学:両方の時間方向に対する因果関係あり,量子力学:確率で表された統計的因果関係のみを持つ, 計算する宇宙:正の時間方向に対する因果関係のみを持つ」 ある状態から,前状態や次状態を導けるかというこの性質については 4 章 5 節にて論じられていました。
オートマトンは一般的に,現状態から次状態は明確に決定されますが,現状態から前状態を直接規定するルールは持ちません。そのため,時間について非対称であるという特徴を持ちます。
この表についてツーゼは以下のようにコメントしています。
「表から,異なる立場が存在することが明確に読み取れる。」
「(1)計算する宇宙という概念は,現在の物理学において認められたいくつかの概念と矛盾する。例えば宇宙の等方性。そのため,根本的な基礎が間違っている。」
「(2)計算する宇宙の演算法則は,矛盾をなくすように修正されるべきである。」
「(3)計算する宇宙のアイディアから生じた将来性は,それ自体非常に興味深いので,伝統的な物理学の概念を再考し,伝統的な概念が新しい視点においても有効であるかを調べる価値がある。」
そして研究を通じて以下の様な感想を述べています。
「筆者はこのテーマについて,幾人かの物理学者や数学者と議論することができて非常に楽しかった。その協働における最大のハンディキャップは,疑いなく個々の専門領域の術語の違いである。
この谷間が時間が経つにつれ橋渡しされることを望んでおり,そして物理学とオートマトン理論の真の架け橋であるサイバネティックスが成立することを望んでいる。」
サイバネティックスに対するツーゼの期待がとても印象的です。
Conclusions の最後に,ツーゼは新たな問題提起,指摘を行っています。
「計算する宇宙のアイディアが,直接物理学の決定に応用出来るという将来性とは独立に,理論物理学に計算の助けを提供し,非常に複雑な関係の数値的解法を発見するという大仕事が残されている。」
「物理学の分野において膨大な数のコンピュータを使用するにも関わらず,ハードウェアの応用に比べソフトウェアの応用はより限られている。」
「何億ドルもかかるアクセラレータにより,基礎的な仮説の一般的有効性の再実験に必要な,非常に高エネルギーの粒子を得ることができる。」
「ソフトウェアがハードウェアの物理学に遅れをとっていることはかなり危険ではないだろうか。そして我々が早晩実験結果を評価できなくなることは危険ではないだろうか。」
ツーゼはプロセッサやメモリの進歩に比べてアルゴリズムの進歩が立ち遅れている点を危惧しているようです。
そもそも物理現象をコンピュータで計算するということがどんな意味を持つかという点についてすら,ツーゼの研究によりようやく本格的にメスが入れられたため,当時のツーゼは危機感を持っていたのでしょう。
「情報処理の分野において,我々はすでにハードウェアとソフトウェアに同じだけの時間を費やしてきた。 物理学においては,費やした時間の比は 1:20 〜 1:100 ぐらいであろう。化学においても同程度だろう。
電子殻の法則が長い間一般的に知られていたにも関わらず,若い化学者たちは厳密な分析化学の制限の中だけしか探索することができなかった。」
ということで,この傾向が科学自体の発展を阻害しているとも述べています。
確かにハードウェアにのみ注力するということは,物量でゴリゴリ攻めるというアプローチを意味していて, エレガントさに欠けるかもしれませんね。 ソフトウェアのアルゴリズム開発にも力を入れて,より効率的な解法を探り出すことが科学者の責務であるということでしょう。
そういった現状に計算する宇宙が寄与することを期待する言葉で,本書は締めくくられています。
「筆者は計算する宇宙のアイディアが,ある程度の順応期間の後に役立つことを望んでいる。第一のステップは,本記事に従ってオートマトン理論を更に発展させることだろう。そしてこのプロセスがある程度成熟したならば,具体的なゴールを定めることができるだろう。」
さて,長かった本書の解読もこれでひとまず終了です。 Wiki にある本書の紹介文からだと,「この世界もコンピュータだ!」と主張する非常にサイバーパンクでSFな本を想像していました...。
#それはそれで非常に面白そうです。
本書を読んでみると,世界をディジタルで捉えるにはどのようにすればよいだろう,そして世界をディジタルで捉えることはどういう意味を持つだろう,ということをテーマに据えて様々な考察を行った意欲作であることが分かりました。
おそらく本書においてツーゼが思い描いていたような,コンピュータの活用が実現している今日において,本書にふれたことはとても有意義だと感じました。
それではまた,面白そうな勉強題材を探しに行ってきます。
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