2013年8月21日水曜日

コンラート・ツーゼ「計算する宇宙」その13


 いよいよ本書も Conclusions を除けば最後の章である第 4 章 "General considerations" に入りました。ENIAC に先駆けて人類初のコンピュータを開発した著者のコンラート・ツーゼ。コンピュータ開発に欠かせないオートマトン理論を用いて,この宇宙の物理現象にメスを入れていきます。
 今回は 4 章第 1 節 "Cellular Automatons" を解読していきます。


 具体的な個々の物理現象を追っていった前章の結果を承けて,本章ではオートマトン理論を用いた観点から宇宙を観察することへの,予想される議論と,それに対する著者の考えが述べられています。

 いくつかの状態があり,時間の経過とともにシステムの状態が刻々と変化していく。そんなオートマトン理論により物理現象を記述するために,そしてそれをコンピュータでシミュレーションするために,現象のディジタル化を行う必要がありました。ディジタル化は,時間を区切るのと同時に,空間を区切る必要がありました。そこで前章で詳しく取り上げられた格子構造,直交座標系の格子点のみに値がある構造,が登場しました。

 ツーゼはこの章でまず,「前章までに示した場や粒子のディジタル化の例はまだ不完全なものであり,物理現象の定式化に役立てるにはまだほど遠い。とはいえ,これらの例はオートマトン理論を物理の解法として用いることの可能性を示している。」と述べています。

 そしてここでようやく,セルオートマトンについて具体的に述べられました。曰く「これまで扱った例はすべて格子点を扱ってきた。近傍点同士が情報の交換により結びついている格子点により,1 つのセルオートマトンが構成される。」1 つの点が 1 つのオートマトンを構成する,と書かれていますが,1 つの点がオートマトン中の 1 つのセルに対応するイメージで良いかなと思います。
 またここで,Fig.34 や Fig.35 のように各格子点が圧力 p と速度 v の 2 つの値を持っている場合について少し触れています。この場合はそれぞれの値の組み合わせが異なる生起確率になるため,1 つの値をもつセルオートマトンに分割する方法は 1 つに定まらないとのことです。単純に p 用のオートマトンと v 用のオートマトンを作ればいいのではと思いましたが,p は v の算出に,v は p の算出に用いられるのでこのような分割はできないんですね。空間的にうまく分けるしかなさそうです。

 次に,空間の格子構造という考え方は,オートマトン理論に関してではないけれども,物理学者により多くの文脈上で扱われてきた,と述べています。例えば電界の強さを求める際に,球座標系の格子で区切られた電荷を積分することなどがあてはまるでしょうか。
 そんな格子構造ですが,宇宙がこのような格子で区切ることができるという考え方は激しく否定されてるとのことです。さて,この次の文なんですが,"We agree that space cannot be viewed as a continuum even in infinitely small sections." と書かれています。"even in" ってことは大きい領域でも宇宙は連続とみなせないと述べている事になってしまうので,ここの "continuum" は "discrete" の間違えなのではと思いました。#原文であるドイツ語バージョンの電子版は見つからなかったのでこのことは確認できませんでした。
 
 とにもかくにも物理学者から受け入れられない自然界の格子構造化。ここでなぜ受け入れられないか,ツーゼは原因を列挙しています。

 (a) 格子構造は宇宙の等方性を壊してしまう。
 どの方向も等しく信号が伝達する。このような方向に関する平等性を等方性と呼びます。格子構造においては,Fig.31の場の拡大,Fig.38 の粒子の移動ともに,格子に沿った方向だけ(この場合は上下左右方向だけ)速度が速くなります。すなわち格子構造では等方性は成り立ちません。
 それでは自然界の方はどうかと言うと,「どんな物理実験もこの種の優先方向を提示しないであろう」と述べています。一方で,「物理現象の方向に関する平等性,不平等性は系統的に研究されてきていない」とも付け加えています。さらに,「より小さく中間的なエネルギーや周波数を持つ領域を見ることができないような格子様構造のルールを考えることは有意義である」とのこと。つまりこの条件さえ満たせば,格子構造としてシステムを捉えても取りこぼしがないってことだと思います。

 そんな条件を満たすためには,「格子定数が元素の最小の長さである 10^-13 cm よりも十分小さい必要がある」そうです。これは空間のナイキスト周波数と同類なものと考えればよさそうです。すなわち観測対象に対してサンプリングの量が十分に多ければ,対象を余すことなく記録することができるということなのでしょう。これは,通常の光学に登場する波長と比べると極めて小さなものとのこと。可視光線の波長が数百 nm なのでざっと 10^7 ぐらい違います。それほど小さい格子にして初めて,中間値が不可視になるのですね。
 これに続く,「方向の変化の精度が,10^-12程度の周波数を微分できるぐらいのオーダーであると仮定したら,最終的に光子が伝播する方向を決定するような実験を考案することは困難である」の文も十分な分解能が必要という意だと思います。
# 10^-12 のところに括弧してメスバウアー効果とあります。十分な分析結果を得るのに必要なガンマ線の周波数ってことなのかな?

 「波長と周期の長さが格子定数に近い場合,これらの結果においてエネルギーの幅が非常に大きいことが予想される。」ということなので,そんなに十分な分解能は用意できないよという場合は,非常に分析が難しくなるのでしょう。そのため,ようやく最近になってこのような実験ができるようになったとツーゼは述べています。まだ実験装置が未発達なため,現在の実験手法で等方性について十分議論できるかどうかは物理学者の判断にまかせようとも述べています。

 (b) 一般相対性理論で仮定された形式の,湾曲した体積を格子構造で表現することが困難である。
 格子構造に対する 2 つめの批判はこれです。相対性理論では質量により時空間が歪みます。そういった状況も取り扱わなければならないけれども,前章までに見てきたような直交座標系に沿った格子では困難です。

 そこで Bopp という方は,直交座標空間において 3 つの軸それぞれが自分自身に収束するという急場しのぎの仮定を持ちだしたそうです。この状況は,2 次元空間の平面をドーナツのように繋ぎ合わせて,トーラスという形状にすることをイメージすればよいとのこと。なお,この件についてはツーゼ自身の意見は記述されていませんでした。


 (a),(b) どちらの批判にせよ, 格子構造についてポジティブな結論やネガティブな結論を出すほどに研究されていないと述べられています。そのためツーゼは,ここで 3 点付け加えてこの節を締めくくっています。

 (a) セルオートマトン形式の固定された回路だけが,宇宙の離散的な値同士の関係を論理的に定義する方法ではない。
 状態を変数に取る関数を導入すると,前状態の結果から自状態を定義することで可変回路を規則に従って作ることができるとのこと。オートマトンの教科書に真っ先にでてくる DFA(決定性有限オートマトン)などにおいて,次状態が状態遷移関数で決まることがその例だと思います。オートマトンの基本的な性質と言えると思います。


 (b) 成長していくオートマトンという概念は,回路の正規な可変性に緊密に関連している。
 これに関してはこれ以上詳しくは述べられていませんでした。


 (c) 格子構造は,暗黙のうちに慣性システムを仮定しており,これは相対性理論の厳密な解釈と矛盾する。この点は長きにわたって考察されてゆくだろう。
 前述のとおり, 空間に歪みが発生するなどの点において,格子構造は相対性理論とあまり相性がよくなさそうです。この点も今後の研究待ちですね。


 上述のように,格子構造に対する色々な批判があり,それと同時に可変・発展構造といった,格子構造の様々な発展性があります。それらの調査を始めるにあたっては,直交ネットワークを使用することが適切だと述べられています。なぜならば,この方法で得られた結果は,やがてオートマトン理論が新たな手法を生み出した時においても有効であるとのことです。直交形式が最も基本的な構造だからなのでしょうか。ともかく前章までに扱ってきた直交形式,すなわち格子構造を研究してくことはとても有意義なようです。


 これで本節は終了です。自然界のディジタル化という考え方は発表当時は受け入れられなかったようですが,ネットを検索しているとディジタル物理学などと名前がついて,研究がかなり賑わっているようですね。ツーゼ以降の人たちの論文も読んでみたいなと思っています。
 それでは引き続き解読作業を進めます!

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