2013年8月4日日曜日

コンラート・ツーゼ「計算する宇宙」その9


 いよいよ 2 章最終節:Automaton Theory Observations of Physical Theories 読了しました!
 世界初の動作可能なコンピュータ作成者の手による,「この宇宙はコンピュータシミュレーションの産物である」ことを論じた本書。いよいよ話の核心に入りつつあります。



 ここまでの節では,コンピュータを用いてどのように物理モデルを近似したり,物理現象を扱ったりするかについて論じていました。ここでツーゼは,これまでとは根本的に異なる問題提起を行います。


  • 計算可能性についての研究から得られた知識は,物理モデルに直接適用する場合どの程度有用なのか?
  • 自然界はディジタル?アナログ?それともハイブリッド?
  • そもそもこのような問題提起を正当化することは可能なのか?

 どの問題提起も非常に独創的で,興味深いです。とくに 2 番めに,いよいよ本書のメインテーマに足を踏み入れる兆しを感じますね。
 

 
 さて,そんな問題提起を承けて始まったこの節は,古典的物理学と現代物理学のモデルの比較を行なっています。
 

古典的な物理モデルは,上限値や下限値などを持たないアナログモデルである。ただし,速度に関しては相対性理論のもとでは上限値(光速)が存在する(このことに関しても,アナログであることと完全に調和している)。

 なるほど。では現代物理学のモデルはどうなんでしょう。

現代物理学モデルである量子力学は,いくつかの側面において連続量から逸脱した初めての物である。

 ここで,E(エネルギー) = h(プランク定数)ν(振動数) で表される光電効果を例に挙げています。エネルギー自体は量子化されていないけれども,E/ν という割合が量子化されていることになるとのこと。エネルギー自体は量子化されていないため,ディジタルコンピュータの中で,エネルギーが量子化される(というか量子化しないと扱えない)こととは若干異なるとのこと。
 「扱う量を量子化,離散化したから,現代物理学は古典的な概念から抜けだした」というよりもむしろ,現代物理学は,根本的に出発点を変えてしまったといえるそうです。


新しい出発点では,ある時間にある場所に粒子が存在する確率のような,確率の量が定義される。
ただ,この新しい出発点においても,量子力学を表現する微分方程式は何ら制限を受けないので,連続量は否定されない。

 ということは現代物理学も古典物理学同様アナログモデルなの?

現代物理学は,連続量とも離散量とも関係のある,ハイブリッドシステムと考えるのが適切であろう。

 自然界云々以前に,現代物理学がハイブリッドシステムであるとのこと。確かに振幅値方向には離散的ですが,時間軸に対しては連続的ですね。そうは思っていましたが,ディジタルとアナログを組み合わせたハイブリッドモデルであるというふうに言われると,今まで気付いてなかった知識の色々な繋がりが浮かんできます。発想と表現が大切だなと感じました。

 それでは自然界もハイブリッドモデルなんでしょうか? ここからは熱力学における気体の振る舞いをとりあげて,考察を進めています。
 気体の粒子が自由に空間内を移動して,互いに衝突しています。個々の粒子の振る舞いにより,このモデルの細部は特徴付けられていますが,巨視的にはアナログモデルとして見ることが出来ます。それでは微視的に見た場合,代表的な振る舞いである,「飛行」と「衝突」はどのように記述されるのでしょうか。


微視的に粒子の衝突を扱う場合,出発点は微分方程式ではない。粒子の飛行経路は,重力の影響を無視した場合,とても単純な直線的なものであるため,コンピュータを用いてシンプルに記述することができる。

 それでは衝突の方はどうでしょうか。ここでは等しい質量と等しい弾性係数をもつ粒子同士が衝突すると仮定しています。

同一平面上で交差する経路をもつ 2 つの粒子が,同時に交差点でぶつかった場合,それぞれの粒子が向きを変えるだけなので(運動量が変わらない),粒子同士が干渉しあわない状況と大差はないため,興味を掻き立てられない。
また,このような状況が生じる確率は計算精度が向上するに従って 0 に近づく。


 計算精度向上により,より細かく座標や時間を計算できるようになるため,特殊なケースは生じにくくなるってことですね。

そのため興味があるのは,飛行経路が交差しない場合,もしくは「同時」ではなく,「ほぼ同時に」衝突するケースである。このようなケースでは,衝突前と衝突後では,飛行経路が異なってくる。

これら一般的なケースでは,粒子の振る舞いはその大きさと弾性で決まる。大きい粒子は小さい粒子よりも頻繁に衝突を起こし,また,柔らかい粒子と硬い粒子の振る舞いは異なる。しかしながら,多数の粒子に対する統計学的な振る舞いは同じとみなすことができる。

 また,物理現象は一般的に,ディジタルモデルでもアナログモデルでもエントロピーが増大するように状態遷移して行きます。
 しかし,どちらのモデルにおいても,エントロピーが一定のまま留まるケースを,この気体の衝突において見出すことができるとのことです。言葉だけで分かりにくかったのですが,下図のような状況だと思います。















 
 

 青い線が互いに平行な壁を示しており, その間を粒子(赤い点)が壁と直角をなしながら飛行しています。
 直角に壁とぶつかるので,直角を保ったまま正反対方向に跳ね返されます。反対方向でもそのまま跳ね返されるため,ずっとこの経路のまま飛行を続けます。そのため,隣の粒子の経路との距離が十分に離れていると,粒子間の相互作用も起こらないため,状況の変化が一切生じません。なのでこのケースではエントロピーが増大していきません。


 上記の見方は,古典物理学によるものです。なぜなら,粒子がある時刻にある場所に 100 % 存在することを前提にしているからです。ではこの特殊なケースを現代物理学でみるとどうなるかというと...

現代物理学では,ある時刻にある場所に何%かの確率で粒子が存在しているとしか言えない。そのため,このようなケースであってもエントロピーが増大する。

 つまり100 % の確率で壁と直角にぶつかると言えないので,ある確率で斜めに衝突し,飛行経路が変わる可能性があります。飛行経路が変わるとエントロピーが増大します。このようなずれを,本書では "scattering effect" と呼んでいます。


 古典物理学と現代物理学の観点から,気体の熱力学を見て来ました。古典物理学 + 散乱効果 = 現代物理学という図式が見えて来ました。それではこの熱力学の問題をコンピュータで扱うとどうなるのでしょうか。
 もちろん散乱効果に対応するようなプログラミングをしないと,古典物理学と同様に飛行経路が一定となるように思えます。そのため入力に散乱効果を反映させるような,ばらつきをもたせる必要がありそうです...が,


しかしながら,一般的に散乱効果に注目する必要はなく,コンピュータにようる計算に内在するエラーが散乱効果と同様のばらつきを発生させてくれる。

 とのこと。計算誤差を量子力学の確率分布によるばらつきと見る,画期的な発想です。どういうことか詳しく見ていくと...

古典物理学は完全な計算精度を必要とする。そのために無限のストレージが必要である。しかしながら,現実の計算ではそのようなものを使用できないため,必然的に計算誤差が発生する。それによって,divergence が生じる。

 divergence って言葉がとてもしっくりきますね。ただ,同じ divergence であっても,現代物理学のそれとコンピュータのものの間には大きな違いがあるとのこと。 現代物理学の方のばらつきは予測不可能なものであり,コンピュータモデル内のばらつきは予測可能であるからだそうです。ただ,どちらにおいてもエントロピーの増大に寄与する点は同じです。


以上のことは一見してあまり重要そうに見えないが,この考え方を進めていくことにより,因果律に関するとても興味深い結論が得られるだろう。

 とツーゼは述べていますが,この時点ですでにこのような考え方が,とても重要な発想だということが伝わってきます。
 これから考察を進めていく中で,必須なものがやはりオートマトンだそうです。特に確率法則によりある状態から次の状態への遷移が決定するオートマトンを用いていくとのこと。


 これで 2 章は終わりました。ディジタルコンピュータとアナログコンピュータの違い。物理の様々な場面における微分方程式の働き。オートマトン理論からみた微分方程式の考察。そして古典物理学と現代物理学とコンピュータモデルとの比較。
 なんとも盛りだくさんの内容でした。このブログを始めるにあたってなんとなく選んだ本書ですが,広範囲にわたって勉強できるので,選んでよかったと思っています。

 次章では,場と粒子の問題をディジタルで扱う例をいっくつか挙げるとのことです。引き続きこの本を素材として勉強して行きたいと想います。


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 divergence と聞いて思い浮かぶ作品はやはりこれ。最初から最後までワクワクしっぱなしでした。アニメ版しか見ていませんがいつかゲーム版もやってみたいものです。
 この作品の主人公たちが作った未来ガジェット研究所。これが私の考える理想の研究室ですね。



  

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